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大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)770号 判決

《住所省略》

控訴人 和田明久

〈ほか二三名〉

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 仲田隆明

同 谷池洋

《住所省略》

被控訴人 宝塚市

右代表者市長 正司泰一郎

右訴訟代理人弁護士 熊野啓五郎

同 中山晴久

同 石井通洋

同 高坂敬三

同 間石成人

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、別紙「請求金額一覧表」記載の控訴人らに対し、同請求金額欄記載の各金員及び内同表損害額欄記載の各金員に対する昭和五六年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  斑状歯とは、歯牙形成期(その一般的な分類は、原判決添付「歯牙の石灰化期表」記載のとおり。)において過量のフッ素を含有する飲料水を摂取したことによって生じる歯の石灰化不全の病変をいい、歯牙表面に縞状・斑点状の白濁、あるいは歯面の一部又は全部にわたって白墨様白色の外観を呈し、褐色あるいは黒褐色の着色を伴うことがあり、さらに高度になると歯牙の実質欠損を生ずる。

2  控訴人らは、いずれも出生から八歳までの歯牙(第三大臼歯を除く。以下同じ。)形成期において、被控訴人が経営する水道施設(以下「本件水道施設」ということがある。)から供給される水道水を日常的に飲用したが、右水道水中に含有される過量のフッ素のため、原判決添付「原告らの歯牙一覧表」中の控訴人らの主張欄記載のとおり、斑状歯にり患した。

3  被控訴人の責任

(一) 民法七〇九条・国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条の責任

(1) 被控訴人は、昭和二九年市として発足し、陸水及び河川水を水源として水道事業を開始した。ところが、宝塚地方は陸水中のフッ素濃度が高く、「ハクサリ」(歯腐りの意)という地名があるほど古くから斑状歯の多発地帯として知られていた。このため、同地方においては、早くからフッ素の危険性が指摘されていた。例えば、昭和二一年に京都大学医学部等により総合的調査がされ、児童の歯における斑状歯の多発とともに、飲用水中のフッ素の含有率の異常なまでの高さ(〇・七ないし三・五ppm)が報告されている。また、昭和二八年ごろ宝塚歯科医師有志による水質検査が実施された。そして、被控訴人が発足し水道事業を開始した昭和二九年には、斑状歯の原因が飲料水中のフッ素であることは、公知の事実となっていた。

厚生省令は、水道水中のフッ素濃度につき、〇・八ppm以下と定めている。しかし、フッ素濃度が〇・八ppmであっても現に斑状歯が発症しているから、右数値はより低く定められるべきである。この点、宝塚市斑状歯専門調査会(以下「専門調査会」という。)が、安全度を重視した基準として〇・四ないし〇・五ppm以下とすべき旨勧告しているのが一応の目安となろう。

(2) 水道法二条一項は、「国及び地方公共団体は、…水源及び水道施設並びにこれらの周辺の清潔保持並びに水の適正かつ合理的な使用に関し必要な施策を講じなければならない。」と規定し、同法四条一項は、「水道により供給される水は、次の各号に掲げる要件を備えるものでなければならない。」として水質基準を定め、同法二〇条により、水道事業者が水質検査義務を課されている。したがって、被控訴人は、水源における取水の段階ないし取水後各家庭への給水前の段階において水道水中のフッ素を前記(1)の専門調査会勧告の安全度を重視した濃度程度まで除去する措置を講ずべき義務がある。仮に、以上が不可能であるとしても、被控訴人は、住民が各家庭で飲用する段階で高濃度フッ素含有水を現実に飲用しない方途を講ずべき義務がある。

これを、具体的にいうと、被控訴人には次の各義務があった。

ア 水源でフッ素を除去すべき義務

被控訴人は、水源からの取水段階でフッ素濃度を次のような方法で低減化させるべきであった。

(ア) 活性アルミナ法

活性アルミナ法は、市販の球状乾燥用アルミナを粉砕して表面積を大きくした後、硫酸又は硫酸アルミニウム(磐土)を通してアルミナを活性化するもので、そのフッ素除去機能は、アルミナ表面の硫酸根によるイオン交換反応と考えられる。

昭和三三年から昭和五四年の間に発行された「水道協会雑誌」には、活性アルミナによるフッ素除去方法に関し、その原理、活性アルミナのよりよい再生方法、活性アルミナによるフッ素除去方法の検証、実用施設の詳細に関する記事が掲載され、昭和二七年にアメリカ・テキサス州で活性アルミナを用いた施設が建設されたことが報告されている。わが国でも、昭和三五年には、活性アルミナ法によるフッ素除去装置が開発されていた。この方法・装置の稼働結果については、丸一信夫により、昭和三六年の日本水道協会関西地方支部の研究会で発表され、また、昭和三九年の「水道協会雑誌」にその内容が掲載された。しかるに、被控訴人は、右方法の実用化について具体的な検討を怠った。被控訴人自身においてその実用化が能力的に困難であっても、被控訴人が水処理業者にそれを依頼していたならば、実用化できたはずである(現に、丸一信夫は、フッ素除去の専門家でもないのに、化学研究者としての通常の能力・努力の結果フッ素除去装置の開発に至っていた。)。

(イ) 硫酸アルミニウム法

硫酸アルミニウム法は、硫酸アルミニウム(磐土)の加水分解時におけるフッ素イオンの吸着現象を利用するものである。

(ウ) イオン交換法

イオン交換法は、陰イオン(アニオン)交換基を有する樹脂によって、樹脂の塩素基とフッ素イオンの交換によりフッ素を除去する方法である。

昭和二四年三月二三日開催の「兵庫県弗素被害対策委員会」で、平田美穂(京都大学医学部)は、「弗素に関する医学的研究」というテーマの研究発表を行い、陰イオン交換性合成樹脂を用いたフッ素の除去方法により水中フッ素を簡単・容易に強力かつ一〇〇パーセント完全に除去することに成功した、その試作品により宝塚の水道水のフッ素除去を行った結果、〇・六ppm以下にフッ素濃度を低下させることができた、この試作品は、各家庭において用いても簡易・安全・確実にかつ低廉に水中フッ素を除去できることが確認できた、と報告している。

イ 混合希釈によりフッ素濃度を低減化すべき義務

被控訴人は、フッ素含有水道水を低濃度のフッ素含有の河川水で希釈することにより、その供給する水道水のフッ素濃度を低減化させるべきであった。

ウ 蛇口取付のフッ素除去装置の供給義務

昭和二四年に既に、芳香族アミンを母体とする陰イオン交換性合成樹脂(ダイアイオンA)を用いて水道水中のフッ素を単純濾過法のみにより簡単容易に一〇〇パーセント除去できる装置が発売された。

被控訴人としては、右装置を各家庭の水道蛇口に取り付ける措置を講じ、水道水からのフッ素の除去を図るべき義務があった。

エ 浄水宅配義務

被控訴人は、浄水をタンク車により、あるいは浄水を瓶詰にして供給する等の措置を講ずべき義務があった。

オ 広報義務

被控訴人が供給する水道水にフッ素が含まれており、かつそれを飲用することにより斑状歯が発生することを熟知していた被控訴人としては、そのことを住民に広報することにより、住民が自衛する機会を与え、あるいは右ウのフッ素除去装置の存在を住民に知らせて、住民が自ら購入して蛇口に取り付けることができる機会を与えるべき義務があった。

(3) 以上のとおり、被控訴人は、非権力的公行政作用としての前記水道事業を遂行するにつき、前記各義務を履行せず、漫然と高濃度のフッ素を含む水道水を供給していたのであるから、その結果発生した控訴人らの斑状歯被害に対し、民法七〇九条・国賠法一条に基づく損害賠償責任を免れることはできない。

(二) 国賠法二条の責任

(1) 本件水道施設は、国賠法二条の「公の営造物」に当たるところ、水道施設として通常有すべきであった前記(一)(2)アの(ア)ないし(ウ)の方法によるフッ素除去設備を欠いていた。

(2) そのため、本件水道施設の供給水を飲用した控訴人らに、前記2のとおり斑状歯の被害が発生した。

(3) したがって、被控訴人は、国賠法二条一項による損害賠償責任がある。

4  控訴人らの損害

斑状歯は、端的に審美障害として現れるが、それ以外にも咀嚼能力に対する障害が指摘され、さらに、斑状歯の原因であるフッ素により、永久歯の萌出遅れ、骨質欠損、甲状線機能・腎機能・肝機能の障害等多くの障害発生のおそれがあることが指摘されている。しかし、現時点においては、審美障害を除く障害発生について十分解明がされていないので、本件においては控訴人らの損害として審美障害を主張する。

(一) 治療費(別紙「請求金額一覧表」中の治療費欄記載のとおり。)

斑状歯の治療には、歯別一ないし五番(中切歯・側切歯・犬歯・第一小臼歯・第二小臼歯)については、歯一本につき一〇万円、歯別六・七番(第一大臼歯・第二大臼歯)については、歯一本につき七万円を要する。

すなわち、被控訴人は、昭和五〇年八月三〇日に公布した「宝塚市斑状歯の認定及び治療補償に関する要綱」(以下「治療補償要綱」という。)に基づき、「宝塚市斑状歯治療申請及び指定医療機関に関する要領」を作成しているが、右要領において、斑状歯の治療は、歯別一ないし五番については、メタルボンドによる歯冠修復、歯別六・七番については、二〇Kキャストクラウンによる歯冠修復により行うとされている。控訴人らの治療費請求は、右要領を基準とするものである。

(二) 慰謝料

斑状歯の審美障害による精神的苦痛に対する慰謝料は、控訴人一人につき、一五〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用(別紙「請求金額一覧表」中の弁護士費用欄記載のとおり。)

被控訴人が任意に右損害賠償に応じないので、控訴人らは、本訴の提起・遂行を控訴人ら代理人に委任せざるを得なかった。その費用としては、各控訴人につき、治療費・慰謝料の合計額の一割が相当である。

5  したがって、控訴人らは、被控訴人に対し、民法七〇九条・国賠法一条・二条に基づき、別紙「請求金額一覧表」中の請求金額欄記載の各金員及び内同表中の損害額欄記載の各金員に対する不法行為後である昭和五六年二月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

ただし、フッ素は、水道水以外の飲料及び食料にも含まれているし、フッ素以外の原因により控訴人ら主張と同様の症状が現れることも少なくなく、これも斑状歯と呼称されることがある。

2  同2の事実のうち、控訴人らがその歯牙形成期において本件水道施設から供給される水道水を飲用したことがあること(ただし、飲用期間は各控訴人により異なっている。)、控訴人らが飲用した右水道水中にフッ素が含有されていたことは認める。その余の認否は、原判決添付「原告らの歯牙一覧表」中の被控訴人の認否欄記載のとおりである。

3(一)  同3(一)の事実について

(1) その(1)のうち、被控訴人が昭和二九年に市として発足して水道事業を開始したこと、宝塚地方には陸水中のフッ素濃度の高い地域が存在すること、同地方に「ハクサリ」という地名があったこと、同地方が斑状歯の多発地帯の一つにあげられていたこと、同二一年ころ京都大学医学部の学者らにより斑状歯の調査が行われ、宝塚地方が対象地域の一つとされたこと、同二九年ころまでには斑状歯がフッ素に起因することが報告されていたこと、厚生省令が水道水中のフッ素濃度につき〇・八ppm以下と定めていること、専門調査会が水道水中のフッ素濃度につき安全度を重視して控訴人ら主張の勧告をしたことは認める。その余は否認し、主張は争う。

水道水中のフッ素は、斑状歯の原因となる反面、う歯(虫歯)予防の効果がある。厚生省令は、この点を勘案して許容値を定めているものであるから、水道事業者としては、右基準値を順守すれば足りる。

(2)ア 同(2)のアの点は争う。昭和四〇年の時点で低フッ素化の有効適切な手法は開発されていなかった。したがって、被控訴人において、フッ素除去装置の設置を具体的に検討する余地はなかった。

イ 同(2)イの点は争う。

ウ 同(2)ウの点は争う。蛇口取付のフッ素除去装置なるものについては、そのようなフッ素除去装置の存在は知らない。控訴人らの主張でも、具体的にいかなる除去装置が実用可能であったかが明らかでない。

エ 同(2)エの義務があることは争う。これは、水道事業者による日常的継続的な給水方法として極めて非現実的なものである。

オ 同(2)オの義務があることは争う。含有フッ素が水質基準を超えており、その長期飲用によって斑状歯が発生することがあるというような場合は、水道法二三条一項にいう「人の健康を害するおそれ」のある場合に含まれず、その旨を水道受給者に周知させる措置を講ずべき義務はない。

(3) 同(3)は争う。

(二) 同(3)(二)の事実のうち、本件水道の供給水を飲用した控訴人らに斑状歯被害が発生したことを認め、その余は否認し、(3)の主張は争う。

4  同4(一)ないし(三)の各事実は否認する。

5  同5は争う。

三  被控訴人の主張

1  被控訴人の水道事業の沿革について

(一) 被控訴人の沿革

昭和二六年三月、小浜村が町制の施行によって宝塚町となり、昭和二九年四月、宝塚町と良元村が合併して市制を施行し宝塚市となった。そして、翌昭和三〇年三月には長尾村及び西谷村を市域に編入した(右沿革を図式化したものが原判決添付図面一である。)。

宝塚は、古来温泉をもって知られていたが、明治三〇年に現在のJR福知山線が宝塚まで開通し、明治四三年箕面有馬電気軌道株式会社(現在の阪急電鉄株式会社)が宝塚新温泉を開設して以来、阪神二大産業都市の北方に位置する観光地として発展し、戦後は右二大都市のベッドタウンとして急激に膨脹し、昭和五六年四月末現在では人口一八万四〇〇〇人を超える観光・住宅都市となっている。ちなみに、被控訴人の住民の数は、昭和二九年四月一日現在四万〇五七九人、その後年々増加を続け、昭和四二年一〇月一日現在一〇万五二三四人、昭和五五年一〇月一日現在一八万三六二八人、昭和五六年には前記人口となった。

ところで、市域の中央部を武庫川が西北から東南に流れ、武庫川右岸の良元村の地域では中央を逆瀬川、北部を塩谷川、南境を仁川が東流して武庫川に注いでいる。武庫川流域の平坦地は市街地を形成し、付近一帯は山麓から山腹にかけて高級住宅地として発展してきている。

(二) 市制施行以前における水道事業

古くは、宝塚においても、住民各戸が井戸水や小川の水を飲料水としていたが、大正七年には、宝塚上水道株式会社(以下「宝塚上水道」という。)が武庫川の支流塩谷川から取水して武庫川右岸の良元村の北部、すなわち逆瀬川流域を中心とした小林・伊孑志・宝塚地区に給水事業を開始し、大正一〇年には日本土地株式会社(以下「日本土地」という。)が武庫川左岸の西谷村の一部、すなわち雲雀丘地区を開発して同地区への簡易水道を開設し、さらに昭和五年には日本住宅株式会社(以下「日本住宅」という。)が良元村の南部、すなわち仁川地区に宅地造成して同地区への簡易水道を開設した。

これらの民営水道に対し、公営水道としては、武庫川左岸の小浜村が、武庫川左岸の西宮市塩瀬町生瀬字下川原の生瀬水源(浅井戸)から取水し、山岳地帯を除く小浜村一円を給水地域とする給水人口二万人、一日最大給水量三、六〇〇立方メートルの計画について昭和二五年九月厚生省の認可(以下単に「認可」という。)を得て直ちに起工し、町制を施行して宝塚町となった後の昭和二七年一〇月から給水を開始した。また、良元村も、武庫川の灌漑用水である伊孑志用水を水源に、宝塚上水道の給水区域を除く村内一円を給水区域とし、給水人口二万人、一日最大給水量三、六〇〇立方メートルとする計画について昭和二六年七月認可を得て直ちに起工したが、水利権問題のため、伊孑志用水からの取水が容易に実現しなかったので、西宮市水道浄水から一日二、五〇〇立方メートルの分水を受け、宝塚町と合併して宝塚市すなわち被控訴人となる直前の昭和二九年三月から給水を開始した。

(三) 市制施行後の水道事業

被控訴人は、人口の増加に伴って急増する給水需要に対応するとともに、フッ素濃度を低下させて水質の改善を図るため、次のとおり数次にわたって拡張計画を樹立し、これを実施してきた。

(1) 第一次拡張

被控訴人は、宝塚町及び良元村から引き継いだ公営水道と宝塚上水道の民営水道とを統合して合理的な水道事業の運営を図るため、とりあえず昭和三〇年四月同社の水道施設を買収した。しかし、同社の逆瀬川上水源・同下水源・旭丘水源・紅葉谷上水源及び同下水源の五水源は、渇水期には水量が不足した。そこで、被控訴人は、従来同社が給水していた地域にも、この五水源からの取水に旧宝塚町営水道の水源であった生瀬水源と旧良元村営水道の水源であった伊孑志用水からの取水を補給配水することとし、山間部並びに前記簡易水道給水区域を除く市内一円を給水区域とし、昭和四二年を計画目標年度にして、給水人口五万人、一日最大給水量一万立方メートルとする計画を樹立し、昭和三一年九月認可を得てこれを実施した。なお、伊孑志用水からの取水が困難なため、当面は西宮市水道浄水の分水によっていたことは、前記(二)のとおりである。

(2) 第二次拡張

昭和三〇年三月の長尾村及び西谷村の市域編入に伴い、被控訴人は、給水区域をこの新市域に拡張する計画を樹立し、昭和三一年一一月認可を得て直ちに起工し、昭和三三年三月にこれを完成した。

この計画は、前記(二)のとおり取水が困難であった伊孑志用水にかえて、分水を受けていた西宮市浄水を水源としたほかは、第一次拡張計画と同一の水源によっており、昭和三六年を計画目標年度とする基本計画では、給水人口を四万四〇〇〇人(第一次拡張計画での同年度推定給水人口は約三万七〇〇〇人であった。)、一日最大給水量を八、九〇〇立方メートルとし、昭和四二年を目標年度とする将来計画では、給水人口を六万人、一日最大給水量を一万二〇〇〇立方メートルとしていた。

(3) 第三次拡張

その後、市北西部の高台に高級住宅が建設され、かつ全般に一人当たり給水量が増加したため、現有施設では満足な給水が不可能な状態となった。その上、昭和三二年に公布施行された水道法に基づいて、昭和三三年七月には水質基準に関する厚生省令が公布され、フッ素許容量が〇・八ppm以下と定められたので(それまでは、給水中のフッ素濃度については法令上の規制はなく、水道協会が昭和二五年に定めた飲料水判定基準としての一・五ppmというものがあったにすぎない。)、宝塚上水道から引き継いだ前記(1)の五水源は、フッ素濃度の点で検討を要することとなった。しかも、これらの水源は、もともと点在していて維持管理に不便な上、前記(1)のとおり渇水期には取水量が不足していたため、被控訴人は、これらの水源を廃止し、既設の良水源を拡充するとともに、新たな水源を確保して取水系統を整備拡張する計画を立て、昭和三四年三月にその認可を得て直ちに起工した。

この第三次拡張計画は、当初予定した新水源からの早期取水の実現困難や民営簡易水道買収による給水区域の拡大等の事情から、その後に変更認可を受け、最終的には、給水区域を市内一円のうち、川面・米谷・小浜・安倉・中山寺・中筋・山本・平井・宝塚・伊孑志・小林・鹿塩の全域と切畑の一部とした。また、水源については、宝塚上水道から引き継いだフッ素濃度の高い逆瀬川上水源・同下水源・旭丘水源・紅葉谷上水源・同下水源を廃止し、既設の生瀬水源からの取水、西宮市からの水道浄水の分水に、新設水源として小浜水源、小林水源(浅井戸)、惣川水源(表流水)からの取水を追加して、計画目標年度である昭和四〇年には、給水人口を六万五〇〇〇人、一日最大給水量を二万一〇〇〇立方メートルとするものとなった。なお、右新設水源は、小浜水源が昭和三六年七月、小林水源が昭和三七年一二月、惣川水源が昭和三九年一〇月にそれぞれ給水開始し、昭和四〇年には既設水源中、旭丘水源・紅葉谷上水源・同下水源を廃止した。

(4) 第四次拡張

第三次拡張計画による新水源の開発にもかかわらず、都市周辺部の農地・山地の住宅化に伴う人口増加(昭和四〇年七月にはすでに給水人口は第三次計画の予定を大幅に上廻り七万九〇〇〇人を超えていた。)と生活様式の変革による給水需要の増加のため、被控訴人は、昭和四一年以降さらに新水源を開発する必要に迫られることになった。このような事情から、必要な給水量を確保するためには、水質に問題のある既設逆瀬川上水源・同下水源も直ちには廃止することができなかった。そこで、被控訴人は、昭和四一年二月には、新たな水源を開発して給水規模を拡張する計画の認可を得、直ちに起工した。

この計画は、当初予定した水源中に計画遂行途上において渇水期の水位低下が著しくなったものがあった関係上、その後に変更認可を受け、最終的には、新たに小浜第一水源(深井戸)・川面水源(浅井戸)・小林第二水源(浅井戸)・高松水源(浅井戸)・武庫川水源(表流水)を開設し、計画目標年度である昭和五〇年には、給水人口を一四万人、一日最大給水量を五万六〇〇〇立方メートルとするものとなった。右新水源は、小浜第一水源が昭和四一年七月、川面水源が昭和四二年七月、小林第二水源が昭和四四年七月、高松水源が同年一二月、武庫川水源が昭和四六年六月からそれぞれ取水給水を開始し、同年四月に、水質不良の逆瀬川上水源・同下水源は廃止した。この時点において、全給水区域に対する給水のフッ素濃度が厚生省令の定める〇・八ppm以下となった。

(5) 第五次拡張

ところが、その後も阪神二大都市のベッドタウンとしての被控訴人の発展は止むところを知らず、昭和四七年において、一日最大給水量は、第四次計画のそれを上廻る状態となり、かつ既に着手されていた武庫川流域の下水道も昭和五〇年には使用開始の予定であって、これに伴い便所水洗化の普及により一日一人当り使用水量は更に増加する見込みであった。このため、被控訴人は、昭和四七年八月、さらに新たな水源を確保して給水量の増加をはかる計画の認可を得て、直ちに起工した。この計画は、予定新水源等の関係から、その後数次の変更認可を受け、最終的には、計画目標年度である昭和五〇年における給水人口を一九万二三〇〇人、一日最大給水量を一〇万立方メートルとするものとした。また、水源としては、既設水源の能力アップを図るほか、亀井水源(深井戸)・川下川水源(表流水)・川面第一ないし第三水源(深井戸)・小浜第二水源を新水源として開発するものとした。右新水源は、小浜第二水源が同四八年七月、亀井水源が同年一一月、川面第一ないし第三水源が昭和五一年一二月、川下川水源が昭和五二年四月にそれぞれ取水給水を開始した。

さらに、この計画では、低フッ素化に対する市民の要望にこたえて、フッ素濃度の低い亀井水源からの取水を既設小林第二水源からの取水に混合して希釈するほか、高松水源にフッ素電解装置を設けてフッ素濃度のより一層の低下を図った。すなわち、水道用水中に含まれるフッ素の濃度を低下させる方法については、それまで希釈以外に有効な方法はないとされていたが、被控訴人は、日本大学の金井昌邦教授の協力を得て、電解法によるフッ素除去装置を実用化し、昭和五〇年二月、高松浄水場に約一億八〇〇〇万円の工費を投じて右装置を設置し、同年三月から運転を開始した。右装置は、フッ素除去についてはおおむね所期の効果を上げたが、多額の費用を要し、浄水原価が他の水源と比較して高額になっていたところ、昭和五二年、川下川ダムが完成し、よりフッ素濃度の低い川下川水源により必要な給水量を賄なえるようになったので、高松水源からの取水を中止し、現在に至っている。

(6) 第六次拡張

その後もなお人口増加が見込まれたため、被控訴人は、取水量の増加をはかる必要があったところ、昭和四九年には専門調査会の最終報告が提出され、フッ素濃度を国の水質基準〇・八ppmより低い、〇・四ないし〇・五ppmを上限とすべき旨の提言があった。

そこで、被控訴人は、さらに新水源を開発して、右の提言にそう水質改善を図るとともに、計画目標年度の昭和六五年には、給水人口二五万人に一日最大給水量一二万四三五〇立方メートルの給水を可能とする計画を樹立し、昭和五六年三月その認可を得て、現にこれを遂行中である。

以上の各水源の位置は、原判決添付図面二記載のとおりであり、第一次拡張から第五次拡張までの間における各水源の新設・廃止の経緯は原判決添付水源一覧表記載のとおりである。

2  被控訴人の責任について

(一)(1) 水道水中のフッ素は、斑状歯の原因となり得る反面、それが適切な濃度で含まれている場合にはう歯予防の効果があることから、厚生省令は、この両者をにらみ合わせてその許容量を〇・八ppm以下と定めている。したがって、水道事業を営む者としては、給水中のフッ素濃度については、右の厚生省令に定める基準を遵守すれば水質確保の注意義務を尽したということができる。

(2) 右に述べたとおり、〇・八ppm以下のフッ素濃度の水道水を供給していた地域の居住者については、被控訴人の給水には何ら違法とされるべき点はないのであるから、被控訴人が〇・八ppm以下のフッ素濃度の水道水のみを供給していたことが明らかな武庫川左岸地域の居住者である控訴人高橋文彦に対しては、仮にその歯牙が被控訴人の供給した水道水によって斑状歯に罹患したものであるとしても、被控訴人はその治療費や慰謝料を賠償すべき責任を負うものではない。

(二) 控訴人高橋文彦を除くその余の控訴人らに対しても、次に述べるとおり、控訴人らの主張の損害賠償責任はない。

(1) 被控訴人は、前記1(三)(3)のとおり、昭和三三年七月一七日から厚生省令が施行されてフッ素許容量が〇・八ppm以下と定められたことに伴い、被控訴人の供給する全水道水中のフッ素濃度を右の基準に適合させるため、良質な水源を新設し、問題のある水源を廃止するための計画を立案し、その実現にできる限りの努力を払ってきた。しかしながら、その当時、市内の人口増加は誠に著しいものがあり、〇・八ppmを超えるフッ素が含まれている水源を直ちに廃止した場合には、必要な給水量を確保することができないことが明らかであった。そのため、被控訴人は、昭和四六年五月までの間、武庫川右岸地域の一部にフッ素濃度〇・八ppmを超える水道水を供給することとなったのである。

いうまでもなく、水は人間の生活にとって不可欠のものであって、必要な給水を欠くときには直ちに市民生活上重大な支障を来すこととなる。このため、被控訴人としては、市民の生活上必要な給水量の確保をまず優先させざるを得なかったのであるが、その一方においては、フッ素濃度の低減を図るべくできる限りの努力を払ってきたのである。全給水中のフッ素濃度を厚生省令に定める基準以下とする計画の達成にある程度の日時を要したことは事実であるが、市民への給水量の確保という至上命令を前にしては真にやむを得なかったものというべく、これをもって直ちに被控訴人に過失があったものとすることは当を得ないものというべきである。

(2) 次に、右(1)の点を、被控訴人の水道事業の投資関係歳出額(新規水源を確保しこれにより給水するための浄水場、配水・送水施設等の建設事業費)の推移及び他の類似都市のそれと対比すると、次のとおりであって、これにより可能な限りの力を尽してきたことが分かる。なお、比較の対象とした市は、兵庫県伊丹市、川西市、加古川市、埼玉県春日部市、千葉県八千代市、東京都立川市、武蔵野市、府中市、調布市、京都府宇治市の一〇市である。抽出の基準は、① まず、丘庫県内のうち、被控訴人と人口規模が類似する近隣の市として、伊丹市、川西市、加古川市の三市を抽出し、② 次に、県外の類似の市として、昭和六一年一月・財団法人地方財務協会発行の「類似団体別市町村財政指数表」において「人口」及び「産業構造」により二八類型に分類された都市の中で、被控訴人と同一類型(即ち、「人口」が一三万以上二三万未満の人口規模で、「産業構造」が二次産業(工業)及び三次産業(サービス業)を合せて九〇パーセント以上であり、かつ三次産業が六〇パーセント以上の産業構造をもつ市)とされた都市二八市のうち、水道の創設・供給開始が戦後で、かつ関東地方以西の市である七市を抽出した。

ア まず、昭和二九年度から昭和四七年度までの各年度における被控訴人及び類似一〇市の一般会計、特別会計、上水道会計、上水道投資額の各歳出決算額、並びに被控訴人の全歳出決算額中に占める上水道会計の比率、及び上水道会計中に占める上水道投資額の比率を整理すると、原判決添付「被告及び類似一〇市の歳出(支出)決算額統計一覧表」記載のとおりである。昭和二九年度は、被控訴人が市制を施行した年度であり、昭和四七年度は、被控訴人の第四次拡張事業が完成した年度である。この拡張事業の実施により昭和四六年四月に逆瀬川上水源・同下水源を廃止することができ、この時点において、被控訴人の全給水区域に対する給水のフッ素濃度が厚生省令の定める〇・八ppm以下となった。

右一覧表中被控訴人の「上水道会計C」のうち、昭和三五年度以前は特別会計水道費の歳出決算額と同水道敷設費の歳出決算額との合計額、昭和三六年度以降は収益的支出の中の水道事業費用決算額と資本的支出の決算額との合計額であり、「上水道会計(投資額)E」のうち、昭和三五年度以前は水道敷設費の歳出決算額、昭和三六年度は拡張事業費と改良事業費の各支出決算額の合計額、昭和三七年度以降は建設改良費の支出決算額である。

右一覧表によれば、被控訴人が市制施行以来、良質の新規水源の設置、拡充のため類似他都市と比較して多額、高比率の投資を行ってきたことが明らかである。

イ 次に、被控訴人及び類似一〇市の昭和三六年度(被控訴人の水道事業が地方公営企業法の適用を受けることとなった年度)から昭和四七年度までの各年度における現在給水人口、有形固定資産額、借入資本金額、及びこれらの給水人口一人当りの額を整理すると、原判決添付「有形固定資産額及び借入資本金の調べ(投資関係)一覧表」記載のとおりであり、これをグラフ化したものが原判決添付「給水人口一人当りの有形固定資産額の推移」及び「給水人口一人当りの借入資本金額の推移」と題する各グラフである。

右一覧表及びグラフによれば、被控訴人が良質の水源を確保しこれにより給水するための浄水場、配水・送水施設を建設するため、類似他都市と比較して多額の、特に昭和四〇年代前半以降は一、二位を争う額の投資を行ってきたこと、また、その財源としては、自己資金以外に、他市と比較しても多額の借入金(起債による)に頼ってきており、被控訴人としてその財政上可能な限りの投資を行ってきていることが明らかである。この昭和四七年度までの拡張事業は、第四次拡張事業(昭和四〇年一二月認可申請)までの計画に基づくものであり、これは昭和四六年にいわゆる斑状歯問題が市民団体により提起される以前から計画、実施されてきたものである。

(3) また、被控訴人はこのような状況のもとで、昭和四六年五月までの間厚生省令に定める基準を超えるフッ素濃度の水道水を供給した地域が市内の一部に存していたことにかんがみ、これを飲用したことによって斑状歯に罹患した市民のあることは必ずしも否定し得ないであろうとの判断の下に、このような市民に対する行政上の責任を果す意味において治療補償要綱を定め、積極的にその治療補償を行うこととしたのである。このように、被控訴人はフッ素濃度低減のため良質な水源の確保に努める一方、厚生省令に定める基準に適合した給水が全市的に実現するまでの間に発生した斑状歯に対しては制度としての救済措置の実施によって市民の損害の回復に努めてきたのであるから、この点からしても被控訴人には何ら責めらるべき点はないというべきである。

(三) 水源におけるフッ素を除去(低減)すべき義務について(以下、控訴人全員に対する関係で)

昭和四〇年ころの時点で低フッ素化の有効適切な手法は開発されていなかった。したがって、被控訴人において、フッ素除去装置の設置を具体的に検討する余地はなかった。

(1) 日本水道協会が厚生省監修の下に発行している「水道施設設計指針・解説」においては、昭和三三年版にも昭和四一年版にもフッ素除去処理に関しては何らの記述もなされず、昭和五二年発行の改訂版において初めて、フッ素除去方法についての具体的な紹介がなされているにすぎない。

(2) しかも、同版では、各フッ素除去方法を紹介した上で、「いずれの方法も処理効率が低いものであるからできる限り水質のよい他の水源の水を混合して希釈するか、水源を転換することが望ましい」と述べており、低フッ素化にとって、有効適切な手法とは評価していないのである。

(3) 活性アルミナ法によるフッ素除去装置は、西宮市が採用するまで実験レベルを越えて実用化された例はなく、控訴人ら指摘の文献も実験レベルの知見にすぎない。

(4) それに、被控訴人においては、フッ素濃度の点で問題ありとされた五水源による給水量が市全体の給水量の相当部分を占めていた(ちなみに、西宮市は、昭和四六年度末時点において一日最大水量二〇万九四〇〇立方メートルの水道事業計画を実施しており、このうちフッ素除去装置を経ての一日最大給水量は三七五立方メートルであって、市全体の最大給水量の〇・一八パーセントを占めていたにすぎない。)。したがって、被控訴人がフッ素除去装置を設置するためには多大の費用を要し、この設置により水道料金の負担増の形で受給水者に多大の負担を強いることになることが予想された。

(四) 各フッ素除去装置について

フッ素除去装置には、次に述べるような問題点があり、これを直ちに大規模な水道供給事業において実用化し得たものか疑問であり、また、費用的にも受給水者に著しく高額の水道料金の負担を強いる点で現実的でない。

(1) 活性アルミナ法

ア フッ素除去のための原水の最適PHは五・五であるが、フッ素よりも水酸基のほうがイオン交換順位が高く、活性アルミナ法ではフッ素とともにアルカリ成分も同時に除去してしまうため、処理水のPH値が更に低下するので、アルカリ剤を加えるなど処理水中のPH調整が必要となる。

イ 交換塔における処理水流速の変動は直ちに処理水中の残留フッ素濃度に影響するので、常に最適流速を維持する必要があり、また、処理運転中においても、開始時から次第に残留フッ素量が上昇するため、一定フッ素濃度として給水するには、相当容量の混合槽の設備が必要となる。

ウ 活性アルミナのフッ素吸着量は条件によりかなりの差が現われ、最適条件の設定が困難である。

エ 飽和に達したアルミナの再生は、磐土水溶液で直接行う方法と苛性ソーダ及び硫酸で行う方法とがあるが、いずれの方法によっても、大量の再生剤の使用とその排水処理を必要とするため実用上問題が多い。

オ 活性アルミナ法では処理水中に多量の硫酸イオンが溶出するが、このような水質では送配水設備や家庭用品の金属腐蝕を著しく促進させ、また、煮沸により白濁したり、やかん・浴槽・ボイラー等に多量の白色沈澱物を付着させる原因となる。

(2) 硫酸アルミニウム法

ア  硫酸アルミニウム法において、磐土注入量は凝集剤として使用する場合の五倍から一〇倍量以上にする必要がある。そして、磐土の加水分解速度は非常に早いので、原水と磐土は急速に混和しないとうまく除去できないし、大量の磐土を注入すれば、注入磐土に見合う化学当量の中和剤を注入しなければ凝集反応そのものが完了しないので、結果として大量の汚泥と中和塩(石膏)が発生することになる。

イ この発生する汚泥はアルミが主体のものであり、非常に比重が小さく、沈澱池における滞留時間を大幅に長くする必要があるうえ、脱水性が極めて悪い。また、磐土による凝集沈澱では、低水温時のフロック(水に凝集剤を混和したとき形成される凝集体)の生成が悪い。

ウ 沈澱池の容量は通常、計画浄水量の一・五~二・五時間分とされているが、硫酸アルミニウム法においては、この数倍の容量の沈澱池を設ける必要がある。また、発生した汚泥の処理費は、乾燥汚泥として一トン当たり三万八八〇〇円(昭和六〇年度)を要する。

(3) イオン交換法

ア イオン交換法ではフッ素イオンは陰イオン交換順列において最小の順位にあるため、共存する他の陰イオンがまず交換されることになり、水中のアルカリ度、硫酸イオン、塩素イオンなどの陰イオンの含有量によりフッ素の除去能力は大きく左右され、効率的にはほとんど実用性がなくなる。

イ イオン交換法には、ホスホメチルアミノ型キレート樹脂を用いてフッ素を吸着させる方法もあるが、樹脂の再生に八時間もの長時間を要するのみならず、年一五パーセント程度の消耗があるなどの問題があり、また、原料が極めて高価である。

ウ イオン交換法によってフッ素除去を安定的に行うには、水中の陽イオンも除去しておくことが必要であるとされ、イオン交換法によるフッ素除去は、処理コストが極めて高価につくため、純水製造用として小規模の特殊な目的にのみ実用化が可能の方法であると結論づけられる。

(4) 電解法

電解法は被控訴人が昭和五〇年二月に高松浄水場において実用化したものであるが、それまでは右装置以上の機能を有するフッ素除去装置は開発されておらず、右装置も大学教授の協力により実験・開発に着手してから三年を経て実用化できた。

3  控訴人らの請求について

(一) 控訴人らが本訴において被控訴人に請求している治療費は、治療補償要綱に基づいて被控訴人が行っている治療補償と全く同一内容の治療を受けるための費用である。したがって、前記2(一)の控訴人高橋文彦を除くその余の控訴人ら二三名としては、殊更本訴に及ばずとも、右要綱に定める手続に従って、求めている治療補償を被控訴人から受けることが可能な状況である。にもかかわらず、これらの控訴人は、右要綱に定める治療補償を受けることを拒否し、あえて本訴請求に及んでいるのであって、これはいわば一方において債務の弁済の受領を拒否しながら、他方でその履行を請求するに等しい。かかる請求は信義則に照らして失当である。

(二) また、控訴人らは、斑状歯による審美障害を理由として、これについての慰謝料を請求しているのであるが、そもそも歯牙についての審美障害による精神的苦痛なるものは、仮にあったとしても極めて軽微なものに過ぎず、しかも、審美障害は、一生継続するものではなく、歯牙が萌出したときから治療を受けるまでの短期間のものに過ぎない。これに対して、被控訴人としては、斑状歯の治療補償のため積極的に行政措置を講じているのであるから、仮に控訴人らに審美障害による若干の精神的苦痛があったとしても、被控訴人の治療補償の実施により償われうるものであるというべきである。

四  被控訴人の主張に対する控訴人らの反論

1  被控訴人は、水道事業を営む者としては、給水中のフッ素濃度については厚生省令に定める〇・八ppm以下という基準を遵守すれば水質確保の注意義務を尽したといえると主張する。

しかし、〇・八ppm以下であれば斑状歯は発生しないという科学的根拠はなく、現に〇・八ppm以下であっても斑状歯は発生している。厚生省令基準の基礎となった科学的資料は、その存否すら不明であり、右基準は科学的根拠を欠いている。したがって、厚生省基準を根拠に過失の有無を論じることは許されない。

2  被控訴人は、被控訴人が供給する水道水中のフッ素濃度を厚生省令基準に適合せしめるべく、良質な水源を新設し、問題のある水源を廃止するための計画を立案し、その実現にできる限りの努力を払ってきたと主張する。

しかし、昭和三三年ころの水源のフッ素濃度は、紅葉谷上水源が二・三二ppm、同下水源が二・五六ppm、旭丘水源が〇・九五ppm、逆瀬川上水源が三・二二ppm、同下水源が二・八三ppmである。そして、右のような高濃度のフッ素を含有する水源が廃止されたのは、前三者が昭和四〇年、後二者が昭和四六年である。このように、被控訴人は、水質改善に向けて真剣に努力していない。

さらに、第四次拡張計画により昭和四四年に完成した高松水源の原水は、一ppm前後の高濃度のフッ素を含有しており、六年後にフッ素除去装置が設置された。同じく第四次拡張計画により渇水期対策の切札として昭和四七年に完成した深谷池ダムの原水は、飲料水としては使いものにならないくらいの高濃度のフッ素を含有しており、給水には使用されていない。このように被控訴人は、給水量の確保に躍起となっていただけで、水道水中のフッ素低減に向けて良質な水源を開拓していたわけではない。

3  被控訴人の主張2(三)は、当時被控訴人がフッ素除去装置について検討しなかったということを示すものである。当時、被控訴人が具体的に検討した上で有効な除去装置はないという結論に達することと、現在の時点において具体的に検討する余地がなかったと評価することとは全く意味を異にする。

4  被控訴人の主張2(四)について

(一) 陰イオン交換性合成樹脂を用いたフッ素の除去装置は前記のとおり実用に供されていた。ただ、被控訴人の怠慢の故に普及しなかっただけである。

(二) 被控訴人は、各フッ素除去方法について、昭和四〇年の時点において被控訴人が検討を行った結果に基づくのではなく、現時点において検討した結果をふまえてその技術的問題点をあげつらっているものである。被控訴人は、昭和二九年以来その供給する水道水中に高濃度のフッ素が含有されていることを知悉していたにもかかわらず、フッ素除去方法についての検討を行うことなく、漫然と水道水を供給し続けたのである。

(三) 仮に、控訴人らの主張するフッ素除去方法に技術的問題点があったとしても、それ自体解決可能なものであるから、現に市民が飲用する水道水に高濃度フッ素が含有されていた以上、被控訴人にはそれらフッ素除去方法を講ずる義務が存した。

(四) フッ素除去装置を設置することによる市民の費用負担の点を問題にするのであれば、フッ素除去装置を設置した場合、市の財政上市民の負担すべき水道料金はどの程度増加するのか、市民の負担増加と高濃度フッ素による斑状歯被害とは二者択一すべきことからなのか、そして、この選択は誰が行うのか、という点について明確になっていなければならないが、フッ素除去装置の設置を具体的に検討したことのない被控訴人は、これらの点についての検討をしていないのであるから、水道料金増加を理由にして、被控訴人の責任を免じることは許されない。

(五) 活性アルミナ法について

処理水のPH値の低下については、PH調整を行えばよく、これは容易に行える。処理水流速の変動については、フッ素濃度を常に一定にしておく必要はなく、斑状歯が発生しない範囲の濃度にしておけばよいのであって、その一定範囲内にフッ素濃度が低減するよう流速を調整すればよい。大規模な混合槽も必要ではない。また、大量の再生剤の使用による問題が実用上生じることはない。そして、硫酸イオンだけでボイラー等に被控訴人主張の現象が生じるものではなく、他の条件を調整することにより、これらの防止を行えばよい。

理由

一  請求原因1について

1  斑状歯とは、歯牙形成期(その一般的な分類は、原判決添付「歯牙の石灰化期表」記載のとおり。)において過重のフッ素を含有する飲料水を摂取したことによって生じる歯の石灰化不全の病変をいい、歯牙表面に縞状・斑点状の白濁、あるいは歯面の一部又は全部にわたって白墨様白色の外観を呈し、褐色あるいは黒褐色の着色を伴うことがあり、さらに高度になると歯牙の実質欠損を生ずることは、当事者間に争いがない。

2  なお、斑状歯(斑状歯の概念、斑状歯の発生機序及び症状、斑状歯の分類基準、斑状歯とう蝕との関係)についての当裁判所の認定判断は、次のとおり訂正するほか、原判決の理由一(二九枚目表二行冒頭から三八枚目裏九行目末尾まで)の説示と同一であるから、これをここに引用する(なお、「フツ素」は「フッ素」に改める。以下同じ。)。

(一)  《証拠改め省略》

(二)  同三二枚目裏末行から三三枚目表初行目の「たること、」を「によるものであること」に改める。

(三)  同三四枚目裏一二行目の「フツ素濃度」を「フッ素濃度を」に改める。

二  請求原因2について

1  控訴人らが出生から八歳までの歯牙形成期において、被控訴人が経営する本件水道施設から供給される水道水を飲用したことがあること(ただし、飲用期間は各控訴人により異なっている。)、控訴人らが飲用した右水道水中にフッ素が含有されていたことは、当事者間に争いがない。

2  控訴人らの斑状歯の内容及び本件水道水と控訴人らの斑状歯との関係についての当裁判所の認定判断は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の理由二(三八枚目裏一〇行目冒頭から四三枚目表一二行目末尾までのうち控訴人ら関係部分)の説示と同一であるから、これをここに引用する。

(一)  四〇枚目表五行目の「新名治子」を「秋山治子」に改める。

(二)  《証拠改め省略》

(三)  四一枚目表五行目と同六行目の間に次の説示を加える。

「なお、控訴人らの石灰化期(〇歳~八歳)に本件水道水を飲用した時期は、原判決添付の「原告らの居住歴・水道水飲用歴表」のとおり、控訴人らを通じて最も早いものが昭和二九年五月から(控訴人川瀬二郎二歳一月時)であり、最も遅いものが昭和五〇年六月まで(控訴人筒井康雄満八歳時)である。」

(四)  四二枚目表四行目の「しかしながら」から同枚目裏六行目末尾までを削る。

(五)  四三枚目表一一行目の「確定せず」から同一二行目末尾までを「確定していなかった。」に改める。

三  請求原因3について

1  被控訴人の市としての発足の経緯、地形等、市としての発展及び人口の推移、被控訴人の発足以前・以後の水道事業の運営状況についての当裁判所の認定判断は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の理由三の1ないし3(原判決四三枚目裏初行冒頭から五七枚目表九行目末尾まで)の説示と同一であるから、これをここに引用する。

(一)  四四枚目表三行目の「国鉄」を「JR」に、同六行目の「近効」を「近郊」に改める。

(二)  五〇枚目裏八行目の「二万七三六五立方メートル」の次に「となり」を加える。

(三)  五四枚目表五行目冒頭から五五枚目裏初行末尾までを削る。

(四)  《証拠付加省略》

(五)  五六枚目表三行目の「上水投資額E」を「上水道会計(投資額)E」に改める。

2  被控訴人の行った水質検査及び本件水道のフッ素濃度について検討するに、《証拠省略》を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(一)  被控訴人は、昭和三三年七月に厚生省令で水道水の水質基準が定められて以降、毎月一回水源及び蛇口での水質検査を実施していた。しかし、この検査項目は、塩素イオン濃度・大腸菌・にごり・色・におい・アンモニア亜硝酸性窒素・PH等の一〇項目であって、フッ素濃度は検査項目になっていなかった。

なお、被控訴人は、自ら水質検査を実施していたのではなく、西宮市あるいは伊丹市の保健所へ採水した水を持ち込み、水質試験を実施してもらっていたものであり、昭和四六年五月に、本件斑状歯が問題となってから被控訴人自ら水質検査をなし得る器具を購入することとした。

(二)  以上のとおり、被控訴人は、定期的な水質検査によりフッ素濃度を測定していなかったが、次の各時期に、被控訴人の依頼によりフッ素濃度の測定をしている。その各測定値は、次のとおりであった。

(1) 昭和三三年五月神戸大学医学部が実施したもの。

深谷池水源 一・〇ppm

逆瀬川上水源 一・〇ないし一・一ppm

(2) 同年同月兵庫県衛生研究所が実施したもの。

逆瀬川上水源 〇・八五ppm

(3) 同年秋京都大学医学部が実施したもの。

紅葉谷上水源 二・三二ppm

紅葉谷下水源 二・五六ppm

逆瀬川上水源 二・八三ppm

逆瀬川下水源 三・二二ppm

旭丘水源 〇・九五ppm

(4) 昭和三三年一二月兵庫県衛生研究所が実施したもの。

紅葉谷上水源 三ppm

(5) 被控訴人が水道事業変更認可申請の際、新たに開設する水源の水について兵庫県衛生研究所が実施したもの。

小浜水源(昭和三四年三月) 〇・一ppm以下

伊孑志水源(昭和三四年三月) 〇・二ppm

御所前水源(昭和三四年三月) 一・〇ppm

惣川水源(昭和三八年三月) 〇・〇ppm

川面水源(昭和四〇年一一月) 〇・〇六ppm

小浜第二水源(昭和四〇年一一月) 検出せず

小林水源(昭和四一年一月) 〇・三ppm

小林第二水源(昭和四二年九月) 一・〇ppm

(三)  なお、専門調査会は、各水源におけるフッ素濃度を、昭和四七年度までは管網計算(計算により過去の濃度値を割り出すもの)により、昭和四七年以降は被控訴人水道局、斑状歯から子供を守る会、大阪歯科大の各測定資料により、別紙「水源別原水の年間平均フッ素濃度(ppm)」に記載のとおりの年間平均値を算出した。

3  ところで、水道水中のフッ素濃度につき、厚生省令が〇・八ppm以下と定めているところ、専門調査会が安全度を重視して〇・四ないし〇・五ppm以下とすべき旨勧告していることは、当事者間に争いがない。

控訴人らは、水道水中のフッ素濃度が〇・八ppmであっても斑状歯が発症しているから、水道水中のフッ素低減に当たっては、専門調査会の右数値を一応の目安とすべきであると主張するが、既に言及したとおり、フッ素は、斑状歯を発現させる反面、う歯予防の効果があること、至適フッ素濃度は、その地方の平均気温、環境及び各個人固有の要因が絡み合って作用するため、一律には定められないこと、わが国以外では、フッ素含有水中のフッ素の安全域の上限値を一ppmとしているところが多いことにかんがみると、控訴人らの右主張をたやすく採用することはできず、他に特段の主張立証のない本件においては、以下、厚生省令の基準値を前提として、判断を進めることとする。

4  以下、控訴人ら主張の被控訴人の責任の有無について順次判断する。

(一)  水源でフッ素を除去すべき義務について

(1) 《証拠省略》を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

ア 昭和二四年九月一日発行の水道協会雑誌には、京都大学の米谷栄二の「上水の脱弗素施設について」と題する研究報告として、①水中フッ素濃度が上昇するのは、降水が粗粒花崗岩・白雲母・黒雲母を含む地層を通過する際にこれらフッ素を含有する岩石からフッ素成分が溶け出ることによる、②水中フッ素を除去するためには無機物質によるフッ素除去作用、アルミニウム化合物による吸着作用、イオン交換性樹脂のごとき有機合成物によるイオン交換作用等が考えられるが、前二者は反復使用につれて除去能率がかなり低下すること及び再生に莫大な費用を要することから公共用水道への使用は困難である、③第三のイオン交換性樹脂は溶解性がなく反応速度・交換容量も大きいので水の脱弗剤としてこれを考えたが、単価が高いのでその施設費を考えれば果たして最も経済的であるかどうかは疑わしく、将来硫酸カルシウムとの比較研究にまたねばならない、④イオン交換性樹脂によるフッ素の除去を実験水・原水でそれぞれ実験をし、これが可能であることが明らかとなったが、上水道においてフッ素除去施設を設置してこれを行うとすると人件費・動力費・施設償還費等を考慮すれば処理水一立方メートル当たり約九円(当時)の負担増となるので水道料金を現行(当時)の約四倍にする必要がある旨の内容の記事が掲載されている。

イ 昭和三三年七月一日発行の水道協会雑誌には、相沢金吾がその文献紹介欄で、アメリカの研究者による(活性アルミナの再生に硫酸アルミニウムを用いる方法が従来のどの方法にもすぐれていると前提して)活性アルミナを用いたフッ素の除去についての実験結果を報告している。

ウ 昭和三七年一月一日発行の水道協会雑誌には、浅田日出夫の「活性アルミナによるフッ素イオンの除去について」と題する研究報告として、①フッ素を一・五ないし二・三ppm含んでいる水でも鉄・マンガン・色・濁り等のように五感に訴えることが全くないため放任されることが多く、またフッ素イオンを除去する処理法に関してもその資料に乏しくいたずらに腕を拱いていることが多い、②日本にはフッ素イオンの除去に関する研究例はほとんどない、③活性アルミナは水和アルミニウム酸化物を摂氏四〇〇~六〇〇度で煤焼したもので、大きな表面積を有し、イオン交換体として示す能力は表面積の増大とともに拡大強化される、④フッ素イオンの除去は硫酸イオンとの交換の結果によるものであり、PHの上昇に伴ってフッ素イオンが流出水に漸増する、⑤実験に使用した活性アルミナは、一つはキシダ化学の乾燥用活性アルミナのタブレットを破砕したもの、他の一つは特殊の球状成型品(M化学工業のもの)であったが、フッ素の除去に関して相当に異なった変動を示した、この違いが何によって生じたものか明確ではない旨述べてそれぞれの使用条件の検討を行い、結論として両者の活性アルミナは実用に供しうる旨の内容の記事が掲載されている。

エ 昭和三八年七月二八日日本水道協会発行の「水道施設基準解説」は、地質等などに由来し水質基準に適合しない不純物を含む水は原則的には水源として避けるべきであるとし、フッ素などは除去又は処理法があっても多くの場合経済的に成立しない旨記載している。

オ 丸一信夫は、昭和三四年ころ民間会社の水処理関係の研究部門に勤務していたが、同会社は、そのころ大阪市から大阪市立阿武山学園の飲料用井戸水のフッ素除去装置の製作依頼を受け、同人は、その開発責任者としてこれを担当し、粒状活性アルミナゲルを吸着剤として使用し、再生剤として硫酸磐土を使用するフッ素除去装置を製作完成した。この装置は、一日一五〇立方メートル以上の水の処理能力、原水のフッ素含有量二・〇ないし二・四ppmを前提に製作したもので、昭和三五年一二月一〇日から約三年間、右学園でフッ素除去装置として実用に供された。なお、右昭和三五年一二月一〇日に試運転をした当日の水質分析の結果は、除弗前のフッ素含有量が二・四ppm、除弗後のそれが〇・二五ppmであり、翌三六年一月一〇日におけるフッ素含有量は、原水が二・〇ppm、沈澱水・濾過水がいずれも一・三五ppm、除弗後のそれが〇・二五ppmであり、同年一一月六日におけるフッ素含有量は、原水が二・〇ppm、給水栓水が〇・七五ppmであった。

カ 昭和四一年五月三日付及び同四二年九月一一日付の倉敷新聞は、倉敷市の片島町浄水場では、その原水に二・三ppmの濃度のフッ素が含有されていることが判明し、同市は、一九八〇万円の費用(日量四〇〇〇トンの処理)でフッ素除去装置を設置し、同装置には種々の問題点があったが昭和四二年一〇月から稼働する旨報じている。ところで、昭和五九年六月一日発行の高谷金弥著「水への郷愁」は、著者が倉敷市片島町浄水場の右フッ素除去装置の製作に関与したこと、この装置は活性アルミナ法によるもので現地に日量四〇〇〇トンの処理を目標としたテストプラントを設置したこと、吸着剤として粒状活性アルミナを敷き、再生剤には硫酸磐土を使ったが、吸着剤のフッ素除去効果が予想外に早く低下したため結論的には粒状活性アルミナによるテストは取り止めたこと、吸着剤を骨炭に交換し再生剤として一パーセント苛性ソーダで洗浄した第一リン酸ソーダを用いたこと、これによると除去能力は大いに改善されたが目標値の約七〇パーセントしか達成することができなかったこと、その後右テストプラントは約一年稼働したが、薬品代が高くつくのと、地下水の水質悪化もあり、さらに高粱川からの水利権が取得できたのでその運転を停止した旨記載している。

キ 昭和四六年四月二〇日発行の「水道維持管理指針」は、フッ素の除去方法としては活性アルミナ法によるのが最も実用的である、除去能力が減退したときは硫酸アルミニウム溶液で再生させる、この方法によるとフッ素含有率約二・〇~二・四ppmの水を一〇分の一以下にすることができる旨記載している。

ク 昭和五〇年発行の雑誌「水処理技術(No.7)」には、金井昌邦が、実験室で電解法による実験をした後、昭和五〇年に被控訴人の高松浄水場においてフッ素除去装置を設置し、処理水量一〇〇立方メートル/時、〇・八七ppmのフッ素を含有する原水を〇・一八ppmに低減することができた旨報告している。右高松浄水場における除弗処理実験については、鶴巻道二が、宝塚市斑状歯専門調査会最終報告書・昭和四九年七月六日の参考資料No.70で、被控訴人水道部で実験が行われた除弗処理法は高フッ素濃度の原水の処理法として有効な方法となるものと期待される、しかしながら、本処理法はケイ藻土、炭酸石灰等固形物の添加量が多く、かつ電解によるアルミニウムの供給量が多いため処理によって生ずる懸濁固形物の量が極めて多い、したがって、その固形物の分離法、処理法など今後なお解決しなければならない問題が多い旨報告しており、専門調査会も、高松水源池における除弗装置の完成は、現在の計画では平均フッ素濃度の低下に貢献するところが少ない、大規模な除弗処理法開発のためのテストケースとしてこれを意義あるものとしなければならない、と結論づけている。

ケ 昭和五二年五月三一日発行・厚生省監修の「水道施設設計指針・解説」は、フッ素除去処理については、活性アルミナ法、骨炭法、電解法等が考えられるが、いずれの方法も処理効率が低いものであるから、できる限り水質のよい他の水源の水を混合して希釈するか、水源を転換することが望ましい、として各除去方法に説明を加えている。昭和五八年九月に日本上下水道設計株式会社が作成した報告書では、各フッ素除去方法を検討したうえ、イオン交換樹脂法・骨炭法・活性アルミナ法はいずれも大規模向きであるが管理が難しいとし、逆浸透法は中小規模向きであるが管理が容易であると評価している。その他、昭和五四年五月発行の水道協会雑誌には、安達吉夫が、活性アルミナ法による際活性アルミナ流動層(上向流)は固定層(下向流)よりフッ素除去効果が大きいとするアメリカの文献を紹介し、昭和五七年三月発行の水道協会雑誌には、森高厳らが、硫酸アルミニウム法と活性アルミナ法を比較し、硫酸アルミニウム法は薬品費が安くつき、安定した水質が得られ、管理・操作の煩雑さはないが、汚泥量が多く脱水性が悪い旨報告している。さらに、昭和六〇年四月発行の水道協会雑誌には、田所孝生が、各フッ素除去方法の技術的比較をしたアメリカの文献を紹介し、昭和五八年発行の雑誌「水処理技術(No.6)」には、角之倉久子が、これまでアルミナの吸着能力効果のある組織的処理は可能ではなかった、フッ化物吸着機構は非常にゆっくりしたものであるとされており飲料水のようにかなり質的に変化するものについてその影響を実設備で研究することは容易なことではない、としたうえで活性アルミナの平衡吸着能力を評価するためにフッ素濃度・PH値・陽イオンをいろいろ変化させてテストした結果を報告するアメリカの文献を紹介している。

(2) 控訴人らの歯牙形成期(最も早くは昭和二九年から最も遅くは昭和五〇年までの期間)における水源でのフッ素除去装置の研究開発・実用化の程度は、以上認定のとおりであるところ、そのうち、オの阿武山学園における粒状活性アルミナゲルを吸着剤として使用するフッ素除去装置が注目される。しかし、右装置は、約五〇〇人の飲料水のフッ素除去であったから、同学園で右装置が有用であったからといって、多量の供給水についても、右装置が有用と即断できない。当審証人丸一信夫は、阿武山学園における右装置の規模を大きくすればよいと供述するが、前記カのとおり、倉敷市は、昭和四二年に日量四〇〇〇トンの処理を前提にした活性アルミナ法によるフッ素除去装置のテストプラント(吸着剤・再生剤は、阿武山学園の装置と同様のもの)を設置したところ、再生剤に問題があり、また、費用もかさむなどの理由により、結局その運転を停止し、河川からの表流水を取水することに切り替えた事実があることに照らすと、当審証人丸一の右供述をたやすく採用することができない。被控訴人が昭和五〇年に高松浄水場に設置した電解法によるフッ素除去装置を除くその他の方法は、前掲各文献で指摘されているように、実用化のためには解決しなければならない問題点があったものであり、被控訴人が昭和五〇年に高松浄水場に設置した電解法によるフッ素除去装置も、専門調査会は、前記クのとおり、ケイ藻土、炭酸石灰等固形物の添加量が多く、かつ、電解によるアルミニウムの供給量が多いため、処理によって生ずる懸濁固形物の量が極めて多くなっており、現在の計画では平均フッ素濃度の低下に貢献するところが少なく、大規模な除弗処理法開発としてはなお解決しなければならない問題が多く、そのためテストケースとして意義あるものとしなければならないとしている。

(3) 以上のとおりであって、控訴人らの歯牙形成期に、被控訴人が設置した電解法による装置以上の機能を持つ有用なフッ素除去装置は開発されていなかったものと認められ、これを覆して控訴人ら主張の各装置が開発されていたことを認めるに足りる証拠はない。なお、控訴人らは、被控訴人が自ら又は他の者に依頼して開発する義務があったと主張するが、宝塚地方が古来斑状歯の多発地帯の一つであったことを考慮しても、被控訴人の程度の財政規模の地方自治体にそのような義務があり、それをしなかったのが違法であると解すべき理由は見出せない。したがって、その余の判断に及ぶまでもなく、請求原因3(一)(2)アの水源でのフッ素除去義務違反を理由とする損害賠償請求は、理由がない。

(二)  混合希釈によりフッ素濃度を低減化すべき義務について

(1) 《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

被控訴人は、第一次拡張計画を策定するころから、武庫川の表流水を取水したい意向を持っていた。しかし、下流の西宮市、伊丹市、尼崎市の水利組合等が有するかんがい用の慣行水利権との関係上、右第一次拡張計画には、武庫川表流水を取水することを盛り込むことができなかった。被控訴人が下流の水利組合等と交渉を重ね、右表流水一万五〇〇〇立方メートルを取水できる計画を策定することができたのは、昭和四〇年一二月の第四次計画においてである。これは、それまで水田耕作をしていた下流地域の農地が宅地化され、下流においてかんがい用水の必要量が減少したため、被控訴人の取水について了解が得られたことによる。なお、被控訴人は、第一次拡張計画の際、武庫川表流水の取水ができなかったため、昭和三一年一一月からの第二次拡張事業では、西宮市から一日二五〇〇立方メートルを受水することとしたが、そのうち、阪神上水道系列の水はフッ素濃度は低いが、鯨池系列の水は厚生省の基準値〇・八ppmを上下するほどのフッ素を含有していた。

(2) 以上のとおりであって、控訴人らの歯牙形成期に被控訴人がフッ素含有水道水を希釈する低濃度のフッ素含有の河川水を取水することは不可能であったものであり、これを翻してその取水が可能であったことを認めるに足りる証拠がない。したがって、請求原因(3)(一)(2)イの混合希釈義務違反を理由とする損害賠償請求は、その余の判断に及ぶまでもなく、理由がない。

(三)  蛇口取付のフッ素除去装置の供給義務について

(1) 《証拠省略》を総合すれば、①昭和二四年に、芳香族アミンを母体とする陰イオン交換性合成樹脂(ダイアイオンA)を用いて水道水中のフッ素を単純濾過法で除去する装置が制作されて一般に販売されたが、代金が高額であったので、その二分の一を兵庫県が、四分の一を地元自治体が負担することにして、右装置の購入利用が図られたが、五六個しか購入されなかったこと、②昭和四六年マスコミに取り上げられて斑状歯問題がクローズアップされた際、被控訴人の市内で浄水器の販売を企画した者が現れたことが認められる。

(2) しかしながら、①の装置の明細や代金額、販売されていた期間等が証拠上明らかでない本件においては、その購入の可否の判断ができないから、被控訴人が控訴人らの歯牙形成期に右装置を購入して各家庭に取り付ける措置を採らなかったことをもって、斑状歯被害の発生につき過失があったということは到底できない。②の浄水器も、その仕様や除弗効果等が本件全証拠によるも不明であるから、同様である。他に、本件を通じ、控訴人らの歯牙形成期に各家庭の水道蛇口に取り付けてフッ素濃度を低減できた有用な装置の存在を認むべき証拠はない。

(3) したがって、請求原因3(一)(2)ウの蛇口取付のフッ素除去装置供給義務違反を理由とする損害賠償請求は、その余の判断をするまでもなく、理由がない。

(四)  浄水宅配義務違反及び広報義務違反について

(1) 被控訴人が控訴人らの歯牙形成期に控訴人らの主張するような浄水宅配や広報をしなかったことは、弁論の全趣旨により明らかである。しかし、斑状歯被害の内容(審美障害として発現するものであること)と浄水宅配を実施する場合の被控訴人の財政上の莫大な負担とを比較衡量すると、浄水宅配義務を肯認することができず、また、これまでに認定した事実関係によれば、被控訴人の住民は、水道水中のフッ素が斑状歯発生の一因であり、その被害の防止のためには各家庭の蛇口にフッ素除去装置を取り付けるのが望ましいことを知っていたものと推認できるから、被控訴人が控訴人ら主張の各措置を採らなかったことをもって、斑状歯被害の発生につき過失があったということはできない。

(2) したがって、請求原因3(一)(2)エの浄水宅配義務違反及び同オの広報義務違反を各理由とする損害賠償請求は、その余の判断をするまでもなく、いずれも理由がない。

(五)  国賠法二条の責任について

(1) 本件水道施設は、国賠法二条にいう「公の営造物」に当たると解される。ところで、既に(一)で検討したとおり、控訴人らの歯牙形成期においては、控訴人ら主張の各フッ素除去装置は、いまだ有用なものとして開発されていなかったと認められ、これを覆して右各装置が水道施設として通常有すべきものであったことを肯認するに足る証拠はない。したがって、本件水道施設がこれらの設備を欠いたことをもって、その設置又は管理に瑕疵があったものといえない。

(2) したがって、請求原因3(二)の国賠法二条に基づく損害賠償請求も、その余の判断をするまでもなく、理由がない。

四  結論

よって、原判決は、結論において相当であって、本件控訴は、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官 上田次郎 裁判官 渡邊貢 裁判官 辻本利雄)

〈以下省略〉

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